2017年01月11日
新年2日目はJ-SAT恒例の寄付活動。
社員らからの提案で行っているJ-SAT恒例の寄付活動。
朝4時前にサクラタワーに全員集合。大型バス2台をチャーターし、ヤンゴンから片道7時間のミャンマー中部の都市、ピィを訪問。目的は二つ。
ミャンマー初の世界遺産に登録されたひとつでもあるタインキッタヤー訪問。
そして、公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(http://sva.or.jp/)の八木沢さんのご紹介でピィにあるYadanar Myintzuri 僧院校を訪問。
Yadanar Myintzuri 僧院校は2007年設立されました。
設立者で校長の尼僧、Daw Wunna Thiri はチン族で、キリスト教から仏教徒へ改宗した方で、仏僧としてお経もきちんとできない仏教徒にも教えたい、自分が光として導きたいと思い、ヤンゴンの僧侶に相談し、今の尼寺をつくりました。
最初はヤシの葉で作られた尼寺で、着替えるため袈裟が3着、仏像が1つ、子供7名からスタートしました。
現在は尼寺で住んでいる、乳幼児から大学生までの子供らが325名、外から通っている子は60名計386名が勉強しています。僧院校及び寮など活動費はすべて寄付金で運営されています。
孤児ではなくても貧乏で学校に通えない子たちが60名。戦争で逃げた子たちは100名以上学校では片親だけいる子、孤児、捨てられた子、戦争の犠牲者の子供たちがいますが、一番多いのは内線で逃げてきた子供たち。中には幼児性的虐待経験者が10名、完全に切られてないへその緒が腐った状態など生まれてすぐ捨てられた子やエーヤワディー川に流された(捨てられた)子供らが13名など。
子供らは政府社会福祉省や、教会、病院、警察、町役場など様々なソースから送られてくるそうで、パゴ―山脈西側では子供を一番多い人数を預かっている尼寺だそうです。
ミャンマー人、カチン、カイン、パラウン、チン、ヒンドゥ、イスラム、中国人など多くの民族の子供らがいます。
教育については責任が曖昧になるボランティアの教師には教えてもらわず、給料を払って講師、スタディーガイド(家庭教師)を雇っています。
我々からは、会社からのお金はなしで、毎月社員らが給料から寄付してきたお金200万チャット(約18万円)や個人的に服やお菓子を購入したものを寄付しました。
盲ろう者の東大教授福島先生の本に書かれたことを思いだしました。
”豊かな先進国にしか、「自分らしさ」を求める人間は存在しない。
物質的に恵まれ日本人がゆえかもしれませんが、「自分らしさ」「自分探し」といったものに必要以上に拘っている。”
ここにたどり着いた孤児らは、衣食住があり十分と考えているのかと思います。
労盲者の方からみたら、彼らは目も見え耳も聞こえている。生きているだけで、テストで90点以上取っている。残り10点を巡って色々理由つけるよりは、もっと肩肘張らず、素直に現実を直視して生きていくことが大切だなと感じました。
使命とは命を使う。次々やってくる宿題を解決することに、命を使っていきたいと思います。