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ミャンマーのつぼ~ミャンマーから西垣がお届けするブログ

ヤンゴンの「Yuzana Garden Hotel」で、解体工事が進んでいます。

ヤンゴンの「Yuzana Garden Hotel」で、解体工事が進んでいます。

このホテル一帯は、戦前は19世紀の英国系商社 Steel Brothersの施設で、戦時中は、アウンサン将軍率いるビルマ独立義勇軍(BIA)、のちのビルマ国防軍(BDA)が事務所として使用していたと言われる、歴史的な場所です。
以前、ホテルのGMから、
「地下には、ヤンゴン川へ通じる秘密のルートがある」
と聞いたことを思い出しました。

現在取り壊されているのは、以前レストランも入っていた別館です。地下ルートの入口といわれていた場所でもあります。
工事の範囲は想像以上に広大で、「ここは、こんなに広かったのか」と驚かされます。
もちろん、秘密の地下ルートが実在するのかは分かりません。しかし、目の前で進む大規模な工事を見ていると、あの話も、あながち単なる空想ではなかったのかもしれない——そんなことを考えてしまいます。
歴史を知る建物が、また一つ姿を消そうとしています。

サガインのパゴダで、再建・修復工事が始まりました。
サガインのパゴダで、再建・修復工事が始まりました。
【旧日本軍兵の仏塔再建へ ミャンマーの地震で被災(時事通信)】
このパゴダは、2025年3月の大地震で被災しました。同年4月に現地を訪れた際、管理責任者の方から、
「これまで日本人は一人も訪れていません。ぜひ、多くの日本人に今の状況を伝えてください」とのメッセージをいただきました。
当初は、「ミャンマー各地に慰霊碑がある中、このパゴダだけを修復するのは難しい」という見方もありました。そこで、まずは現状を知っていただきたいとの思いから、東洋経済オンラインに記事を寄稿しました。
【地震で損壊したミャンマーの日本人慰霊碑、戦後80年の記憶が薄れる中、慰霊碑修復を進める必然】
地震から約1年半。修復工事が始まったことを心からうれしく思います。
一方で、戦争の記憶を「自分ごと」として語れる人は、年々少なくなっています。
パゴダという建物を残すだけでなく、そこに刻まれた戦争の記憶や、慰霊に込められた人々の思いを、どのように未来へ託していくのか。
修復工事の開始を機に、あらためて考えていきたいと思います。
今年は10周年を迎える社員が11名

2015年11月の総選挙で、野党・国民民主連盟が勝利。その後、ミャンマーへの注目がさらに高まり、いわゆる「ミャンマーブーム」が加速していきました。
その流れを受け、2016年はジェイサットでも多くの仲間を採用した年でした。
そして今日、ミャッスーさんが入社10周年を迎えました!
今年は、10周年を迎える社員が11名。

彼女はカチン州出身で、4歳のお子さんがいます。
出産から1年余り。まだ幼いお子さんをご実家のご両親に託し、仕事のため単身ヤンゴンへ。ご主人も海外で単身赴任をしており、家族それぞれが離れた場所で頑張っています。

簡単なことではないと思います。
それでもヤンゴンで仕事を続け、10年間ジェイサットを支えてくれていることに、心から感謝しています。
さまざまな事情を抱えながらも懸命に頑張っている人たちのために、ジェイサットとして何ができるのか。
私たちはこれからも、できることを一つひとつ続けていきたいと思います。
これからも一緒に頑張っていきましょう!

東洋経済オンラインにて、新しい記事が配信されました。

東洋経済オンライン
『「妻の一言が私をミャンマーへ導いた」外交官人生・元駐ミャンマー大使が語るスーチー氏や軍政、日本人の知られざる歴史』

▼掲載記事
https://toyokeizai.net/articles/-/953502?display=b

2018年3月から2024年9月まで、駐ミャンマー日本国特命全権大使を務めた丸山市郎氏。外交官として長年ミャンマーと向き合ってきた、その50年の歩みをまとめた著書『3つのミャンマーと日本』(時事通信社)が、2026年6月30日に刊行されました。

今回、丸山氏にあらためてインタビューの機会をいただきました。

著書を書き終えた今、50年にわたるミャンマーとの関わりを振り返って何を感じたのか。そして、現在どのような活動に取り組み、これから何をしていきたいと考えているのか。
これまでさまざまなインタビューで語られてきた外交官・大使としてのお話から少し角度を変え、「今、あらためて思うこと」を中心にお話を伺いました。

ぜひ、ご一読いただけますと幸いです。