J-SATは25年間ミャンマーにて事業を行う実績と経験からミャンマー進出における

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ミャンマーのつぼ~ミャンマーから西垣がお届けするブログ

SUSHI 1CHI Japanese Restaurant


2013年7月5日にチャイナタウンにオープンした寿司屋。
日本の寿司屋で10年以上働いたミャンマー人と5年働いたミャンマー人兄弟が作った店。数あるミャンマー人経営の寿司屋の中でもメニューは多い方で価格は安い寿司屋の価格設定。多くが4貫で1000チャット。

どこの寿司屋も「天ぷら」はあまり美味しくないのですが、ここの天ぷらはなかなか行けます。

オーナーのおすすめは、ミャンマー地場のネタ、イカやアジ、タイなどで冷凍ネタではないので美味しいとのこと。
マグロやサーモンは輸入の冷凍ものだから。。。とのことでした。
交通の便利なところにありますので、一度いかがですか?
No.105, Phone Gyi Road, (Middle Block), Lanmadaw Township
TEL:01-218282~4
営業時間:9時~22時。年中無休。

ミャンマーの住込み型大学受験進学塾

ヤンゴン・チャイナタウン事務所が入っているニャウンピンレイゼイB塔。ここには有名な大学進学塾があって、全国から集まった住込みの受験生が生活しています。親元離れ、この寮から高校に通い、学校以外の時間は塾と自習、みっちり勉強します。
朝は5時半起床。6時から朝の塾が始まり、夜は23時まで。皆、同じTシャツを着て廊下などでみっちり勉強しています。

うちには日本企業向けの人材派遣・紹介会社があります。現在ミャンマー人3000人弱が登録しており、そのほとんどが大学卒。ミャンマーの大学進学率は一桁ですので、選りすぐりのエリートです。難関といえる大学、学部卒も数多く登録しておりエリートのはずです。しかし、、、なかなか即戦力になる人材が少ないのが現実です。
彼らが悪いのではなく、大学を含めたこれまでの教育の中身に問題があると思うのですが、こんな私がみても、あれ・・・っていうことが少なくありません。
難関な学部を卒業しても就職は非常に困難。就職率は発表されていませんが、限りなく低い数字です。それでも、皆ああやって難関大学に合格すべく勉強しています。
人材紹介業をしていると、ここミャンマーでも学歴は一つの目安にすぎないことを実感します。え、こんなに難関な大学卒なのに・・という子も少なくありません。それよりも、また別の部分を重視して採用されていくのを目のあたりにしています。
もちろん、日本企業が特別で、ミャンマー企業は学歴や生活水準などを重視する傾向は高いです。
その姿をみて、感じること。日本と似ているんじゃないかな~~と。
日本国内の受験戦争で小学校から塾に通っています。有名中学、高校、大学に入るために。何かミャンマーの子供と同じだなーと。とすると、日本にいる外国企業もミャンマーに進出している日本企業のように日本人を採用するときに見ているのかなーと。
受験生のミャンマー人の姿をみて、うちの子は塾はなるべく行かせない方がいいかな~と彼らを見るたび思います。

サネイ・ジェイサットの送歓迎会

海外で生活したいから。就職に有利だから。という安易な気持ちでインターンに来る学生も少ないないそうです。約3か月、サネイ、ジェイサットにインターンに来た高橋さん。

最初はここまで仕事をやらされるとは思わないでサネイ・ジェイサットにインターンに来られたと思います。しかし、どうせやるなら日本の学生代表としてミャンマー人スタッフに日本の学生のすごさを認めさせるぐらいやらないと意味がないと伝え、奮闘してくれました。
大手コンサル会社の視察に随行して日本の経営者らと同じ空間を過ごしたり、日本企業に就職したい人を面接。ミャンマー人IT技術者に日本語教えたり、ホームページ更新を一手に引き受けたりと、いろんな経験をしました。経験というより仕事ですね。最初にお互いの立場を利用し合おうと言い合いました。まさにその状況に突入していきました。

3か月経過して最終日前日の送歓迎会。サネイ・ジェイサットのミャンマー人スタッフは涙ウルウルの子も出たり、皆がお金を出し合って、記念のお土産をプレゼント。みなが認めた一つの形でした。
弊社ではもともとインターンを取る予定はなかったのですが、偶然の出会いでうちにやってきて、たぶん最も適していたのではと思える会社にインターンに潜り込む「運」の強さ、
そして、その彼のおかげで様々改革が進み業務が助かった弊社の「運」の強さ。
「運」がいいお互いが出会い、一つの成果と結果がみられた送歓迎会でした。
高橋さん、お疲れさまでした~。

といっても、まだホームページは改革途中で、日本に戻ってもすべてやり切ります。と。
さすがサネイ・ジェイサットにいた高橋さん!!!サネイ流、学んでます!!!

NHKラジオの「ちきゅうラジオ」に出演しました。

これで3回目かなー、ちきゅうラジオ。
今回は、「世界のイチメン」というコーナー。(http://www.nhk.or.jp/gr/ichimen/
5分ぐらい、ミャンマーの新聞の一面の話題を話すコーナーで、弊社提携先でもある7DAYS NEWSから、ロンスエという雨乞儀式について話しました。これって、日本の綱引きなんです。番組企画したことはありますが、なかなか採用されず・・・ラジオだったら採用されました。(笑)
これまでは固定電話で答えていましたが、今回は携帯電話から。
無事音声も切れず話せました。
そういえば、以前民放ラジオに出たとき、想定外の「ミャンマーの政治は?」的な無茶ブリされましたが、さすがNHKさん、それができないように、またこちらも変なことが話せないようになっております。
時間的な制約があってロンスエのことは詳しくお伝えできなかったですが、調べたらたぶん色々面白いんだろーなーーーと。
番組はこちらで聞くことができます。
http://www.nhk.or.jp/gr/streaming/

GENKYで僧侶を招待


今朝は5時起き。GENKYスタッフが自ら稼いだお金で僧侶を店に招待。朝5時前からみな手際よくまた準備をしています。
目が見えなくても、自分を不幸に思ってはいけない。目が見えても見えなくても、喜びも苦しみも同じで人生に違いはなく、また目が見えなくてもこうやって仕事について、寄付もできる。これからも良心に基づき生活をすりょうに等々、僧侶からの説教は約30分。

その後、今日のメイン朝食はアルブディ。そして、りんご や パイナツプルのフルーツにケーキ。本当に準備が手馴れています。


ここチャイナタウンにオープンさせて4年。固定客がつき安定して来客して頂いています。
今年のサマースクールで卒業したメンバーも研修生として入り、一番新しいスタッフは44番目。44人の視覚障害者がここで働き育っていきました。

今年こそ3店舗目を地方に出したいのですが、なかなか皆さんヤンゴンから離れたがらず、そこが少し悩みですが、独立したい人がでてきたら今後も積極的にサポートしていければと思います。

ミャンマーに今とは違う笑顔を

新しく作った会社案内。

 

大きなタイトルの「ミャンマーを笑顔の国に」
とあります。

先日のポパ山旅行に使ったパガンまでの列車。
途中、あまりの振動からか連結部分がつぶれ、後方荷物車両が置き去りになりました。
修理は1時間ぐらいで終わりました。
故障して停車したのは電気も来ていない村。
多くの といっても大きな村ではないので、十数人が見に来て列車をみています。
多くの人が笑顔で談笑しながら、その故障現場を見守っています。
警察も集まり、ガヤガヤ状態。
3歳ぐらいの子供が列車の近くでウロウロしていて、警察の人が「この子供の親は誰だ~、危ないぞ~、ヤンゴンに連れて行くぞ~」 と笑顔で叫んでいました。
この風景をみて、ヤンゴンではミャンマーバブルで外国人が大挙して押し寄せ、ホテル代や家賃が高騰、我々が生活するコストはずいぶんと上がりましたが、あれは、ほんと一部なんですね。ヤンゴンはミャンマーの総人口の10%程度。
ミャンマー、まだまだ昔のままですね。
笑顔があふれているミャンマーなのに、なぜ笑顔の国にするのか。
今の笑顔とはまた違う笑顔が見たいな~と。
先月、日本での帰国中、日光へ行きました。
あの有名な三猿「見猿、聞か猿、言わ猿」
あれは、物心つく時期には悪いことを見たり、聞いたり、話したりしないで素直な心のまま成長せよ。外の世界を見せないで子供らに成長して欲しいってことだと聞きました。
徳川幕府と旧ミャンマー政府、軍事政権らしく同じことを考えています。
知らないのも幸せかと思いますが、現代に生まれてきたからには、色々知った方がせっかく生まれてきて苦労して学ぶ方が価値があるのではないかと。
昨年から新規事業として立ち上げた、国内日系企業向け人材紹介、そして日本向け人材紹介。これを突破口に夢がみられ、今とは違う笑顔が家族にできるこようになればなーと。今とはまた違う笑顔が見れる社会作りを目指そう。と
そんなこと、ヤンゴンからパガンへ向かう19時間の旅で感じました。
しかし、その笑顔の写真を撮り忘れていたとは・・・。写真は、置き去りにされた貨物車両を連結するための作業中の写真です。

ポパ山行ってきましたPART1


7月19日から22日までミャンマーは4連休。祝日が少なく振替休日がないミャンマーでは奇跡的な4連休。といっても弊社は土曜日は半土。社員らには申し訳ないですが、この土曜日いと大変なことになるので営業。
そして私も頑張って予定を入れず、旅行に行く時間を確保。
ミャンマー国内を一人で旅行するのはミャンマーで働くきっかけになった学生時代以来。
行先はポパマウンテンリゾートホテル。
ナッ神の総本山であるポパ山を見ながら、ナッ神を感じながら?ゆっくり過ごして事業展開を考えようと選びまにした。
が、ぎりぎりまでスケジュールが見えなかったので快適3列バスは満席で取れず、せっかくなので列車でパガンまで行くことを前日に決定。

何と?まさかの予定通りの定時発車。寝台車でUSD40。しかし相変わらずの列車とは思えない、横揺れ縦揺れ。そしてお決まりの途中停車。荷物車両との連結が外れて荷物車が途中置き去りなっただけ?なので、1時間ぐらいで再発車。トラブルらしいトラブルはそれだけだったのに、やはり3時間遅れ。結局ヤンゴン出てから19時間かけてパガンに到着。パガンには列車で行くものではありません。。。

で、ニャンウーの駅から車で1時間、ポパリゾートホテルに到着。しかし、よく考えたら前の駅で降りてたらもっと近かったなーと。まあ次回はないのでいいんですが。(誰かポパ山付近に日本人がおられたら、番組ロケでこの列車旅行をもう一度するかも・・・。)
ホテルは連休ということもあって満室。一部屋100ドル以上しますが、ほとんどがミャンマー人観光客。ホテルの雰囲気はとてもいいんですが、数年前経営がミャンマー企業に変わってサービスの低下は噂通り・・・でも、設備は相変わらず素敵なホテルです。

マウンテンビューにしたのですが、私の部屋からはポパ山は見えず・・・でも森の中のホテル、気持ちよく過ごせそうです。

J-SAT(ジェイサット)の会社案内がついに完成!

会社設立15年目にして、ついに会社案内が完成しました。
今回制作して頂いたのは、横浜に(株)ディレクターズクラブ社。(http://www.directorsclub.co.jp/
専属の記者の方に、事業内容や設立にいたるまでの経緯から現在まで、細かくインタビューを受け、それをもとにこの会社案内が完成しました。
さすが、すごいです。
「ミャンマーを、夢が昇る国に。」を表紙に、そして
「ミャンマーに笑顔を」
「果たすべき使命があるかぎり、ミャンマーで生きていく」
すごいキャッチコピーです。
まさしく、その通りで本人が一番びっくりし、またその完成度の高さに驚きました。
昔を振り返ることにより、初心にを思いだし、自分が忘れていた出来事とか感情が蘇ってきました。
小野寺社長、東海林様 本当にありがとうございました!
2013年、ジェイサット・サネイは突き進みます!

これまでの半生がまとまっています。。。

ASEAN WORK NAVIは、ASEAN(東南アジア)を舞台に活躍するための情報メディアです。大学生2人がASEAN10カ国を周りながら、インタビューやビジネスレポートを通じて“ASEANで働く”をイメージできる情報を発信してます。
先日インタビューを受けたものがサイトにアップされました。
「17年間ミャンマーを走り続けて見えてきたもの J-SAT代表 西垣充氏」

http://asenavi.com/archives/1127

自分の辿った道のりがコンパクトにまとめてあり、自分自身とても参考になりました。
いい機会を作ってくれた二人に感謝。
日本の最近の若者は・・・と言われる昨今、すごい若者がいるものです。

日本アセアンセンター、駐日ミャンマー連邦共和国大使館の共催「ミャンマー投資セミナー」

日本アセアンセンター、駐日ミャンマー連邦共和国大使館の共催「ミャンマー投資セミナー」にて6月24日は東京・帝国ホテルにて(約400名)、6月26日は名古屋・ヒルトンホテルにて(約150名)開催され、僭越ながら、日本側スピーカーとして40分講演させて頂きました

ミャンマー側からは
国家計画経済開発省 キン・サン・イー副大臣
国家計画経済開発省 チョー・チョー・ウィン投資企業関係局次長
日本側からは
JFEエンジニアリング株式会社 三輪海外プロジェクト部長
そして私という面々。両会場ともほぼ満員の定員越え。申込み開始数時間で締切だったとか。

一番の難所は最後の質疑応答。
隣には政府高官、目の前には在日ミャンマー大使をはじめ、大使館の面々。
皆英語訳に耳を傾けていますし、なかなか緊張でありました。(汗)

帝国ホテルのサービスに感動し、そして副大臣からは、「GENKY、いつも家族が利用しています。ミャンマーのために尽力頂きありがとう」とお褒めのお言葉も頂き、本当に貴重な体験をさせていただきました。
あらためて、アセアンセンターら主催者、そして共催の方々、ご来場頂いた皆様、ありがとうございました。感謝申し上げます。
レジメ外のことは・・・やはり直でどうぞ・・・。