J-SATは25年間ミャンマーにて事業を行う実績と経験からミャンマー進出における

人材支援、市場調査、会社登記等、会社運営をトータルサポートします。

ミャンマーのつぼ~ミャンマーから西垣がお届けするブログ

ミャンマーに今とは違う笑顔を

新しく作った会社案内。

 

大きなタイトルの「ミャンマーを笑顔の国に」
とあります。

先日のポパ山旅行に使ったパガンまでの列車。
途中、あまりの振動からか連結部分がつぶれ、後方荷物車両が置き去りになりました。
修理は1時間ぐらいで終わりました。
故障して停車したのは電気も来ていない村。
多くの といっても大きな村ではないので、十数人が見に来て列車をみています。
多くの人が笑顔で談笑しながら、その故障現場を見守っています。
警察も集まり、ガヤガヤ状態。
3歳ぐらいの子供が列車の近くでウロウロしていて、警察の人が「この子供の親は誰だ~、危ないぞ~、ヤンゴンに連れて行くぞ~」 と笑顔で叫んでいました。
この風景をみて、ヤンゴンではミャンマーバブルで外国人が大挙して押し寄せ、ホテル代や家賃が高騰、我々が生活するコストはずいぶんと上がりましたが、あれは、ほんと一部なんですね。ヤンゴンはミャンマーの総人口の10%程度。
ミャンマー、まだまだ昔のままですね。
笑顔があふれているミャンマーなのに、なぜ笑顔の国にするのか。
今の笑顔とはまた違う笑顔が見たいな~と。
先月、日本での帰国中、日光へ行きました。
あの有名な三猿「見猿、聞か猿、言わ猿」
あれは、物心つく時期には悪いことを見たり、聞いたり、話したりしないで素直な心のまま成長せよ。外の世界を見せないで子供らに成長して欲しいってことだと聞きました。
徳川幕府と旧ミャンマー政府、軍事政権らしく同じことを考えています。
知らないのも幸せかと思いますが、現代に生まれてきたからには、色々知った方がせっかく生まれてきて苦労して学ぶ方が価値があるのではないかと。
昨年から新規事業として立ち上げた、国内日系企業向け人材紹介、そして日本向け人材紹介。これを突破口に夢がみられ、今とは違う笑顔が家族にできるこようになればなーと。今とはまた違う笑顔が見れる社会作りを目指そう。と
そんなこと、ヤンゴンからパガンへ向かう19時間の旅で感じました。
しかし、その笑顔の写真を撮り忘れていたとは・・・。写真は、置き去りにされた貨物車両を連結するための作業中の写真です。

ポパ山行ってきましたPART1


7月19日から22日までミャンマーは4連休。祝日が少なく振替休日がないミャンマーでは奇跡的な4連休。といっても弊社は土曜日は半土。社員らには申し訳ないですが、この土曜日いと大変なことになるので営業。
そして私も頑張って予定を入れず、旅行に行く時間を確保。
ミャンマー国内を一人で旅行するのはミャンマーで働くきっかけになった学生時代以来。
行先はポパマウンテンリゾートホテル。
ナッ神の総本山であるポパ山を見ながら、ナッ神を感じながら?ゆっくり過ごして事業展開を考えようと選びまにした。
が、ぎりぎりまでスケジュールが見えなかったので快適3列バスは満席で取れず、せっかくなので列車でパガンまで行くことを前日に決定。

何と?まさかの予定通りの定時発車。寝台車でUSD40。しかし相変わらずの列車とは思えない、横揺れ縦揺れ。そしてお決まりの途中停車。荷物車両との連結が外れて荷物車が途中置き去りなっただけ?なので、1時間ぐらいで再発車。トラブルらしいトラブルはそれだけだったのに、やはり3時間遅れ。結局ヤンゴン出てから19時間かけてパガンに到着。パガンには列車で行くものではありません。。。

で、ニャンウーの駅から車で1時間、ポパリゾートホテルに到着。しかし、よく考えたら前の駅で降りてたらもっと近かったなーと。まあ次回はないのでいいんですが。(誰かポパ山付近に日本人がおられたら、番組ロケでこの列車旅行をもう一度するかも・・・。)
ホテルは連休ということもあって満室。一部屋100ドル以上しますが、ほとんどがミャンマー人観光客。ホテルの雰囲気はとてもいいんですが、数年前経営がミャンマー企業に変わってサービスの低下は噂通り・・・でも、設備は相変わらず素敵なホテルです。

マウンテンビューにしたのですが、私の部屋からはポパ山は見えず・・・でも森の中のホテル、気持ちよく過ごせそうです。

J-SAT(ジェイサット)の会社案内がついに完成!

会社設立15年目にして、ついに会社案内が完成しました。
今回制作して頂いたのは、横浜に(株)ディレクターズクラブ社。(http://www.directorsclub.co.jp/
専属の記者の方に、事業内容や設立にいたるまでの経緯から現在まで、細かくインタビューを受け、それをもとにこの会社案内が完成しました。
さすが、すごいです。
「ミャンマーを、夢が昇る国に。」を表紙に、そして
「ミャンマーに笑顔を」
「果たすべき使命があるかぎり、ミャンマーで生きていく」
すごいキャッチコピーです。
まさしく、その通りで本人が一番びっくりし、またその完成度の高さに驚きました。
昔を振り返ることにより、初心にを思いだし、自分が忘れていた出来事とか感情が蘇ってきました。
小野寺社長、東海林様 本当にありがとうございました!
2013年、ジェイサット・サネイは突き進みます!

これまでの半生がまとまっています。。。

ASEAN WORK NAVIは、ASEAN(東南アジア)を舞台に活躍するための情報メディアです。大学生2人がASEAN10カ国を周りながら、インタビューやビジネスレポートを通じて“ASEANで働く”をイメージできる情報を発信してます。
先日インタビューを受けたものがサイトにアップされました。
「17年間ミャンマーを走り続けて見えてきたもの J-SAT代表 西垣充氏」

http://asenavi.com/archives/1127

自分の辿った道のりがコンパクトにまとめてあり、自分自身とても参考になりました。
いい機会を作ってくれた二人に感謝。
日本の最近の若者は・・・と言われる昨今、すごい若者がいるものです。

日本アセアンセンター、駐日ミャンマー連邦共和国大使館の共催「ミャンマー投資セミナー」

日本アセアンセンター、駐日ミャンマー連邦共和国大使館の共催「ミャンマー投資セミナー」にて6月24日は東京・帝国ホテルにて(約400名)、6月26日は名古屋・ヒルトンホテルにて(約150名)開催され、僭越ながら、日本側スピーカーとして40分講演させて頂きました

ミャンマー側からは
国家計画経済開発省 キン・サン・イー副大臣
国家計画経済開発省 チョー・チョー・ウィン投資企業関係局次長
日本側からは
JFEエンジニアリング株式会社 三輪海外プロジェクト部長
そして私という面々。両会場ともほぼ満員の定員越え。申込み開始数時間で締切だったとか。

一番の難所は最後の質疑応答。
隣には政府高官、目の前には在日ミャンマー大使をはじめ、大使館の面々。
皆英語訳に耳を傾けていますし、なかなか緊張でありました。(汗)

帝国ホテルのサービスに感動し、そして副大臣からは、「GENKY、いつも家族が利用しています。ミャンマーのために尽力頂きありがとう」とお褒めのお言葉も頂き、本当に貴重な体験をさせていただきました。
あらためて、アセアンセンターら主催者、そして共催の方々、ご来場頂いた皆様、ありがとうございました。感謝申し上げます。
レジメ外のことは・・・やはり直でどうぞ・・・。

ミャンマー・ビジネス・出張・駐在ガイド

これでもう迷わない!ミャンマー ビジネス・出張・駐在ガイド ヤンゴン詳細カラーマップ付
週刊ダイヤモンド別冊 編

視察・出張・滞在でミャンマーに行くビジネスパーソンの不安を解消する本書を「地球の歩き方」と共にご活用ください。国際空港からダウンタウンまでの詳細ヤンゴンマップも付き、現地のナビゲーターがビジネスで使えるホテル、本当においしい接待で使えるレストラン、日常生活に役立つショップなどをご案内いたします。
地図が大きく掲載され、自由に書き込めるようになっていて便利。
ミャンマー出張の必需品!!!

日経トレンディネットにインタビュー記事が出ました!

博報堂の若者研究の第一人者、原田 曜平さんの日経トレンディネットの連載で、氏との対談がアップされました。
後編は【ミャンマー若者論「1988年を知らない若者たち」~対談・西垣充【後編】】
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20130616/1050096/?P=1
このとき、現役の大学生の前でミャンマーについて少しお話もさせて頂きました。
「海外に行く必要もない。国内旅行も必要性を感じない。東京にすべてあるし、ネットで情報が取れるから・・・」というような意見。
有名大生でこれからの日本を背負って立つと思われる若者の発言に、衝撃を受けたものでした。
しかし、弊社でも今はインターンの学生に貴重な戦力として頑張ってもらっていますし、数人の若者がヤンゴンに来て起業準備をしたり、世界を旅している学生にも出会い、2極化しているんだなとよくわかりました。
弊社の例で取ると、さすが日本の学生は違うな。と思われはじめ、それがミャンマー人スタッフにもいい影響を与え始めています。
海外がすべてではないですが、多くの人に海外はどんなものか、日本はどう見られているのか、肌で感じてもらいたいものです。
しかし、私は相変わらず、姿勢が悪いなー と アップされたホームページ見ながら再確認した次第です。。。

日アセアンセンター・ミャンマー大使館の共催「ミャンマー投資セミナー」

いよいよ来週は、国際機関日本アセアンセンターと駐日ミャンマー連邦共和国大使館と共催の「ミャンマー投資 セミナー」。
さすがに、国家計画経済開発省 副大臣 キン・サン・イー氏、国家計画・経済開発省投資企業関係局 局次長 チョー・チョー・ウィン氏。と同じ場でお話するのは、なかなか であります。
場所が帝国ホテル、300名の前とかよりも、私が話す内容がリアルタイムで英語に翻訳され彼らの耳に入ってしまいます。
とはいえ、現場で困っているところは率直に、ソフトにお伝えできればと思います。
つい失言してしまいそうな・・・気をつけます。
まずは、今日はバンコクから。。。あ、ここバンコクも雨ですね・・・。

ミャンマー視覚障害者マッサージ、サマースクール3期生、卒業証書授与式


GENKYの利益で運営するBMDF(視覚障害者マッサージ発展財団)とミャンマー社会福祉省の共同プロジェクトである、ミャンマー視覚障害者マッサージ、サマースクール。盲学校の夏休みを利用して3か月間、毎日訓練してきました。

GENKYの視覚障害者スタッフも、教師という立場に入れ替わり指導、盲学校の存在を知らず点字もできず大人になってしまった、もしくは大人になってから失明したという生徒を対象にしています。
これで3期生が卒業しました。
彼らの人生、そしてその家族の人生もこの日を境に大きくかわるものと思います。

この日、サマースクールを知ったダウェイ出身の方が来られました。
10年前に手術の失敗で失明、40歳で盲学校には入れません。この10年間両親にも迷惑をかけてきたとのことで、是非受講したいとのこと。ただ、場所の関係上、年1度しかできませんので、来年受講してもらい、そして技術を習得して地元にもどり開業できる支援ができればと思います。
人数的に大人数はできませんが、毎年10名づつ、これで30名が技術習得をしました。数名はGENKYで働くことが決まっており、そこで技術と経営力を学び、そして地元に帰って独立していければと思っています。

今年もミャンマー政府からもヤンゴン管区の社会福祉省のトップが来校、地元メディアも来ていました。

最後は、学校側から「オウノカオスエ(ココナッツ麺)」の御馳走。自家製で高血圧にも大丈夫とのことで、ちょっと?安心して、食べました。おいしかったー。

ヤンゴン国立盲学校で前夜祭・・・

今年で3年目になる、視覚障害者マッサージのサマースクール。
GENKYとヤンゴンチミダイン国立盲学校と共同で、これまで盲学校に通わず成人してしまった視覚障害者に対して、GENKYからマッサージの技術を、盲学校から場所と点字を提供するというシステムで行っています。

今年も選抜された10名の視覚障害者の方々が明日卒業を迎えます。
それに先立って、チミダイン国立盲学校 から 我々に夕食を招待したいとのことでいってきました。
いつものカラオケ大会があって・・・でも相変わらず皆楽しそうで、1期生、2期生も参加していました。彼らもみな就職先が見つかり働いています。そして、明日卒業する3期生もほとんど就職先が決まっています。
裨益数は少なく、ドナーを探して等々のプロジェクトとしては難しいですが、こういったGENKYの利益がうまく還元され、そして、大人になるまで点字もできず、また仲間もあまりいなかった人々が、これを機会に多くの人に出会い、そして社会に出ていけます。まさしく、こういったことをやるためにこの国に 居させてもらっているんだなぁ と、あらためて感じました。国立盲学校内の夕食にまさかの「ウィスキー」がふるまわれてしまうほど寛容なこの国のために、まだまだやれることは山盛りだなあと、また次のアイデアを実現できるよう模索していきます。

学校長からボランティアで講師を担当したGENKY視覚障害者スタッフに御礼金贈呈。

学校長からGENKYの方にも頂戴いたしました。